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2009年07月22日

自然の神秘と威力

今日は日本で46年ぶりの皆既日食ということで、
地球だけではなく宇宙を意識するような大きなスケールでの「自然」の営みを(まぁ〜単純に軌道の関係で位置が重なるだけの話なのだと思うのですが・・・)感じずにはいられないのでは
ないでしょうか?
こうして考えてみると、宇宙船地球号とはウマいこと言ったモノだと本当に思います。
その一方で、
土砂崩れなどによる災害もおこっています。
集中豪雨によるものと言われています。
こうした災害がおこった後に、常にでてくるようになったのが温暖化問題の話です。
たしかに何らかの因果関係はあるのかもしれませんが、
すべてをこの問題に置き換えることも乱暴な話だとも思います。

災害で多くの方が亡くなられているので、人が死んでも当たり前というような
誤解だけは避けたいのですが、
我々はいつから災害にあわないことが当たり前になったのでしょうか?
先人たちは言うなれば、自然災害との戦いというか、災害を受け入れて生活していたのでは
ないでしょうか?
そのために雑木林など(もちろん生活の中で必要なものだったこともあるが)の手入れをし、神仏を敬ってきた。
日本には八百万の神がいると言われていますが、すべての自然のものには神が宿っているという考え方は、自然のバランスを崩さぬようにするための知恵だったのかもしれません。

しかし、いつの間にか自然をコントロールできると勘違いするようになっていたような気がします。少なくとも、私が物心ついた時の感覚では、なんとなくそんな感覚があったように思います。
こうしたことが起こると、まず、
山をガチガチにコンクリートなどで固めて崩れないようにする。
これは当たり前のことのようですが、人間の都合による一面的な考え方のようです。
逆に、そうすることによって他で今までバランスがとれていたモノが崩れてしまいます。
もともと自然の営みにとってはこうした土砂崩れなどの撹乱は、多様な環境を維持して行く上では必要なものだからです。
その中で人間が暮らして行くためには、極力バランスを崩すことなく、自分たちが生活する環境と、手つかずの自然との緩衝地帯を使わせてもらって、バランスをとるために人工的な撹乱などを起したりしていかなければなりません。
それが管理することであり、自然との共生の方法なのだと思います。
昔はその人工的な撹乱の行為が、農作物や燃料を得るためのサイクルと合わせて行うことが出来ていました。
これからそうした行為を、どのように行い生活の中にとりこんで行くか?
それが課題なのではないでしょうか?

「安全や快適な暮らしがタダで手に入れることができる!」

そんなこと生まれたときから当たり前!という私たちの世代にとって
あらためてそのことを考える時期がきたのではないでしょうか?

投稿者 サイト管理人 : 2009年07月22日 09:57
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